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苓北町の姉妹都市

唐津おくんち訪問団鑑定セレモニー風景

苓北町と佐賀県唐津市とは、平成6年10月に開催された「唐津藩400年祭」のなかで、姉妹都市を締結しました。

唐津市とのつながりは古く、今から400年前にさかのぼりますが、ときの唐津藩初代藩主「寺沢志摩守広高」が慶長7年に唐津城の築城に着手すると同時に、富岡半島に富岡城を築き、37年間に亘り天草を治めたことから始まります。

唐津城が舞鶴城と呼ばれているのに対し、富岡城をその形から臥龍城と呼ばれましたが、相互に良く似ています。例えば、海を見下ろす小山の頂に石垣を築いて城にしたこと。海を濠の代わりに使っていること。海からの視界を遮るために松原があることなどです。

その唐津市との交流が復活したのは、富岡城復元整備計画を進めるために、平成3年5月に唐津城視察のために訪問したことから始まりました。その後、各種団体、各方面から「まちづくり」研修、視察などのため唐津市を訪問し、交流が続いています。

歴史的なつながりと、似たような地形や方言を持った唐津市とは、今後あらゆる分野で交流を深めながら、先人たちの交流の歴史を学び、これからのまちづくりに生かして行きます。

秋を告げる唐津くんち

11月2日の宵ヤマに始まり、3日お旅所神幸、4日の町廻りと盛大に行われる唐津神社の秋祭りです。

唐津くんち

〈2日の宵ヤマ〉
おくんちの前夜祭で14台の各ヤマに提灯を飾り秋の夜に独特の雰囲気を醸し出します。
〈3日お旅所神幸〉
お旅所のある西の浜へおみこしのお供をして行く曳山、笛・鐘・太鼓の三つの囃子にのって勇壮豪快にはしる曳山、西の浜での曳き込みは「からつくんち」の圧巻です。
〈4日町廻り〉
町人の祭りとして火消し組の名残の服装に身を固め各町ごとのハッピを着た曳き子が旧城下町を曳き廻す。
〈曳山とは?〉
「漆の一閑張り」という工法で作られ、本体を木組みし粘土の原型や木型の上に和紙を数百枚張り重ね、麻布等を張り、幾種類もの漆で塗り上げ、金銀を施して仕上げたもので、各町莫大な費用をつぎ込み、2~3年がかりで作られたと伝えられる。

1番曳山
赤獅子
刀町  文政2年
2番曳山
青獅子
中町  文政7年
3番曳山
亀と浦島太郎
木材町  天保12年
4番曳山
源義経の兜
呉服町  天保15年
番曳山 赤獅子 刀町 文政2年 番曳山 赤獅子&nbsp刀町 文政2年 番曳山 赤獅子&nbsp刀町 文政2年 番曳山 赤獅子&nbsp刀町 文政2年
5番曳山

魚屋町  弘化2年
6番曳山
鳳凰丸
大石町  弘化3年
7番曳山
飛龍
新町  弘化3年
8番曳山
金獅子
本町  弘化4年
番曳山 赤獅子&nbsp刀町 文政2年 番曳山 赤獅子&nbsp刀町 文政2年 番曳山 赤獅子&nbsp刀町 文政2年 番曳山 赤獅子&nbsp刀町 文政2年
9番曳山
武田信玄の兜
木綿町  元治元年
10番曳山
上杉謙信の兜
平野町  明治2年
11番曳山
酒呑童子と源頼光の兜
米屋町  明治2年
12番曳山
珠取獅子
京町  明治8年
番曳山 赤獅子&nbsp刀町 文政2年 番曳山 赤獅子&nbsp刀町 文政2年 番曳山 赤獅子&nbsp刀町 文政2年 番曳山 赤獅子&nbsp刀町 文政2年
13番曳山

水主町  明治9年
14番曳山
七宝丸
江川町  明治9年
   
番曳山 赤獅子&nbsp刀町 文政2年 番曳山 赤獅子&nbsp刀町 文政2年